六月の開発局

「業界の人」じゃないよ

結果を変えるために

f:id:TOYOZUMIKouichi:20160621235333p:plain

セリフ

原作は未読だが、アニメ版氷菓の「試写会へ行こう!」という回にこんな台詞がある。 「技術のない者がいくら情熱を注いだところで結果は知れたもの(音から文字起こし)」 僕の氷菓の中では一番好きな長編の最初のエピソードの台詞でもある。

CinemaScope roll 1 THE NAME OF THE HEROINE scout report.1

我がサークル水無月追跡所はめでたくコミックマーケット90にサークルスペースをいただいたので、頒布物について今年は記す。

僕が事故にあったりしない限り頒布されるのはCinemaScope roll 1 THE NAME OF THE HEROINE scout report.1というタイトルの本になる。部数が出るわけがないので、コピィ本だ。昨年の瑞鶴本は14部しか刷らなかったが、減らす予定だ。モノクロページ主体になるが、去年より頒布価格は上げるつもりでいる。これは制作コストがかかっているからだ。

この本には、僕が作っているアニメについて記される。

まず、この企画がどう産まれたかということが書いてある。この企画の経緯を読むと幾つかの基本的な設定が生まれた理由がわかる。

それから、主題である「勝つことは、すべてだ。」が定まった経緯やその狙いが書かれている。

次に、僕が考えている映像作品における物語の立場と目標そしてその実現手法およびシリーズ作品の物語の構造について簡単に論じ、前掲の設定と主題を用いて、本作の物語が目指すところについて説明する。

これにより登場人物の設定が持つべき諸元を示し、本作の登場人物の設定を記す。 くわえて複数の登場人物の関係から生まれる物語とその主題との関連について記す。

さらに、第1話の脚本を掲載し、ここでは映像作品としての脚本上の狙いについて解説を試みる。

これにくわえて、本作の制作を支えているCommon Lispによる画像処理環境KOMADORIとその中核であるMayakaを用いたアニメーション制作の映像上の技術について紹介する。

目的

まるで論文の前書きだが、論文ではない。一本筋の通った話が言葉でわかるわけではないからだ。当然である。僕が作ろうとしているのはシリーズのアニメで、当然、シリーズのアニメとしてしか描けないものを描こうとしているからだ。文章で書けてしまうのなら莫大な手間と時間と金をかけてこんなものを作る理由はどこにもない。

ただ、読んだ人間に感覚として「なるほど、これは作る価値のある作品だ」とか「作られたら一見する必要がありそうな作品だ」と思われることを目的としている。僕はそう信じているから作品を作っているわけで、この本はそれを伝えるために作っているし、頒布する。

上に述べた他にもさまざまな文章、イラスト、詩やセリフなどが掲載される予定だ。8月にはより詳しい情報を掲載するので、確認してほしい。

対策

もうわかったと思うが、これは「情熱」だ。そして僕には、アニメを作る技術がない。絵が描けないからだ。だから今のところ結果は知れたものだ。だがその結果を当然よしとするつもりはないので、知れている結果を変えるために僕は三つの対策を講じている。

絵が描けないのなら、描けるようになるか、描かなくても済むようにすればいい。

描けるようになるのは、本音を言うとさほど難しくなかった。絶対的な画力は低いが、効率は良かった。2013年の3月には一本の線もまともに引けずに機械に頼っていたし、それからおそらく50枚も絵を描いていないが、自らの経験と知性を動員して技術水準を引き上げた。努力ではなく計算によって持ち上げたのだ。もっとも困難と思われた奥行き方向への走りとシュートを描けたことによって自信が深まった。だから、今後はもっと気軽に挑戦していけるだろう。

もちろん、コミックマーケット全体では明らかにしたから数えたほうが早いというか誰かが最後尾に並べば僕の頭が見える位置なのでこれからも改良していきたい。

また、描かないですませるために、僕は二つの手段を講じた。

まず、僕は第1話の絵コンテから作画の困難なカットを徹底排除した。

正確にはほとんどのカットを平行投影に近い超望遠での撮影とし、アクションを最小限にとどめた。特に日常動作は可能な限り排除し、時に階段をやめてエスカレータに変更したりもした。

構図には絶大な自信があるので、止め絵でも見られるカットを長回しして多用した。

とにかく動きを減らしたのだ。もっとも困難と思える白瀬のシュートはご存知の通り、すでに大ラフ原画が出来上がっている。キーパを描かなければならないが、奴は横に動くので大した問題ではない。

次に、コンピュータに描かせた。デッサンはそもそも狂っているが、僕の画力では動画どころか原画が溶けてしまう。そこで機械的な回転アニメーションなどに一旦溶けた原画を置き換えて、それを活用して原画を描き直した。形を整えるために苦労する時間を短縮したのである。

コンピュータは時間短縮のために酷使されている。これを使うことについてはプロなので様々な無茶を要求した。このページのトップ画像はフルオートで彩色しているし、見る人がメイキング記事と見比べれば、その進歩がわかるだろう。線の多い原画なんかにした日には未来永劫完成しなくなってしまうので、画面をリッチにするための線はコンピュータが描くことにした。

また、僕は色彩感覚がゼロに等しい。なので可能な限り絵はレイヤごとにバラバラに出力し、撮影時に色調補正して整えた。もちろんこれには限界があるが、やるとやらないでは大違いなのだ。

メイキング記事に詳細を記したが、いかに本当に必要な原画と動画だけに手を割けるようにするかということに注意して、できることはすべてコンピュータにやらせている。

作品が傑作になるには

さて長々と書いてきたのにはちゃんと理由がある。THE NAME OF THE HEROINEとはこういう物語なのだ。

怪我によりフットボールが続けられなくなった少年がいる。彼のことを想い、幸せになって欲しいと願う少女がいる。二人の通う学校には大会に出られるのに監督がいなくなってしまった蹴球部があり、そこには友人の助言を真摯に受け止め新しい監督を求めている少女がいる。彼女のクラスメイトである少女もその助言を信じて、もっと上手くなるために教えてくれる人を探している。彼女らが所属する女子蹴球部には、真の選手でありながら一度も勝ったことがなく勝ちたいと強く思う少女がいる。彼女達を勝たせるために、少年とともに立ち上がる二人の少年がいる。

彼ら彼女らが、何かを願い求め、手を打ち、一歩進み、するとまた別の困難に直面し、または外野から心ない言葉で傷つけられ、あるいは全く関係のない問題に翻弄され、その度にそれの解決を試み、その途中にも別の困難が現れる。そんな日々に時折見え隠れする小さな幸せに喜びを覚える余裕も少しずつできていくのに、終わりの日は近づいている。

そういう物語なのだ。良い結果を求めて手を打ち続ける物語なのだ。

そして、僕は、作品とは、作り手のやっていることが作品の主題や物語と一致した時、傑作となりやすい状況に置かれると考えている。だから、記した。

作品を創る本

繰り返すが、この文章で腑に落ちる結論が得られるわけがない。アニメのシリーズでしか表現できないことをやろうとしている。そして作品の主題が腑に落ちる時というのは、その作品の全要素がその主題を表現しようとした時にあると僕は考えているから、ここでも同様に、主題を繰り返しただけだ。そして主題を様々な具体例とともに繰り返すことはきっと価値のあることだと思っている。

いくつかの不安な技術はあるだろう。一方で僕にはこの物語を構築した技術に自信がある。そして問題を捉えて解決可能な水準に分解し、これを的確に撃ち抜くことについては、工学絡みの修士号を持ち、それで日銭を稼いでいるのだから経験と実績がある。

狙いは繰り返すが「作る価値のある作品だ」と思ってもらうことだ。期待は「この技術を供給してやろう」と思ってもらえることだ。目標は知れた結果を変えることだ。

宮崎駿監督は「創りたい作品へ、造る人達が、可能な限りの到達点へとにじり寄っていく。その全過程が作品を作るということなのだ(もののけ姫はこうして生まれた。より。句読点は僕による。)」と述べている。

日曜日西し06bで僕が頒布する予定の本は、作品を創る本である。