六月の開発局

「業界の人」じゃないよ

結末を回避する技術 -第六次米子映画事変参戦記録-

はじめに

現地レポートはない。ご多分に漏れず僕の個人的な話。殆どは準備の話。

部活の肴化

最初に自主映画を撮影すると決めたのは2008年のThe Escape Velocityだから、もう8年前になる。そのとき集まった最初の4人のとき、僕はまだ監督どころか迷っていたので言ったことがある。「10年後に呑み屋でそういやあの頃は映画とか撮ってたよな、と笑い話にするならやらない」。

僕は学校の部活の大会とか合唱コンクールとかが大嫌いだった。その時は人生のすべてみたいなことを言い、脅し怒鳴り争いを引き起こし泣き喚くくせにどうせ卒業して何年かすればその話を酒の肴にしてしまう。好き好んで映画を撮るなどという馬鹿げた行為に臨むのにそんな茶番には付き合いたくなかった。

結末の回避

そういう現象が起こるのには心当たりがある。それはわかりやすい終わり、つまり、大会とか卒業とかが設定されていて、そこで「スパッと終えた」という威勢と見栄えのいい結末を用意できるので、無茶な辛さを許容できるし、それを武勇伝に変えることもできるからだ。続けていれば地味な辛さは延々と続くし、武勇伝にもならない。見栄えの悪い生き方を強要されることになる。

逆に言えば、僕の望みを達成するためには映画を作り続ける必要があり、大会や卒業を結末にしない策が必要になるわけだ。

初期の対応

今年の8月23日、押井守監督が米子映画事変で行われる3分映画宴の審査員長に就任すると知ったとき、押井監督の発言や作品をかなり参考にし、時にメールマガジンの読者投稿コーナで監督としてどうすべきかを尋ねている身として、当然参戦を検討した。そして決意があったわけだが、当然この争いは結末になり得る可能性があり、また僕をめぐる現状も結末の甘い香りを漂わせていたのでーー勤め人になって数年もすればどんどん脱落は激しくなるものだーー、強固な策が必要となった。もちろん現在進行形のTHE NAME OF THE HEROINEが存在し彼女たちが僕をつなぎとめているのだが、不安は確実に叩き潰す必要がある。

目標の策定

が、やることはさほど難しくない。ここを結末と設定せず、経過点と位置付けるだけである。第一目標を製作による技術開発とその獲得、第二目標を作品の完成、第三目標を映画祭への投入、第四目標を巨匠はもちろん田口監督、赤井監督、湯浅監督をはじめとする大勢に鑑賞していただくこと、第五目標を感想の獲得とした。

第一目標はFILMASSEMBLER、映画をMakeつまり作るのではなくAssemble組み立てる集団の使命である。芸術大学に勝つには自分たちの強み、つまり職人の手技を再現可能な技術に変え工業化することで発展につなげる我が出身大学の強みを生かすしかないのだと決めた名前がすべきことである。記事のネタ集めと言っていい。後日、FILMASSEMBLERのサイトに作品の製作記事などが掲載されるだろう。

第二目標は後述する完成しなかったたくさんの作品のことを思えば当然である。 第三目標は観客を集めるために四苦八苦し人生を切り売りしている我が身を思えば悲願である。 第四目標は力づくで獲得可能な地球上でも珍しい種類の幸運である。

受賞は「おまけ」扱いである。「無冠に終わったからそう言っているのだろう」と思うのなら「押井守の「世界の半分を怒らせる」。第65号」の「おたより(6)」を見れば良い。僕の投稿である。

そして、目標を細分化し、全体の抗堪性を保たないからこそ結末を迎えざる得なくなるのだ。完全勝利しか目指せない組織はやがて破滅を迎える。局所的勝利を積み重ねて生き残ることが重要である。そもそも未知の競争に臨むのに最強兵器を保有しているわけでもない身で勝利を目指そうというのが無謀である。はやぶさ小惑星探査機ではなく工学実験衛星であり、サンプルリターンはおまけに過ぎなかった。

初期の作品計画

これら裏側の問題の他に表側の問題、つまり残り一ヶ月強で作品を作れるかという大問題があった。繰り返すが勤め人になって数年もすれば撮影に臨もうという人間は極めて限られてくる。その時点で稼働が確保できない人材を戦闘単位と計算することは無謀以外の何者でもなく、従って僕は手持ちの映像資産の取り崩しを決断した。

最初の作戦は予告編作戦、A計画である。自主映画にありがちな予告編作戦は3分で技術を誇示するために極めて単純明快かつ効果的であり、簡単な作戦である。ところがこのA計画には致命的な欠陥がある。自主映画でありがち、つまり他の人間がやる可能性が高いのである。大学入学当時、後に所属研究室となる研究室のボスであるその教授に「同じことをやる人間は2人いらないんだ」と言われている以上、この計画は最低最悪の計画で、とりあえず脇に置くことにした。

B計画は宙に浮いている作品、2012年撮影のEnterpriseのダレ場を再編集して3分に収め送り込むことである。この作品はダレ場にこそ真実があるので、それだけで作品を成立させることには何の問題もない。映像は極めて美しく、1080pで4:2:0撮影だが困難な合成処理もなく、おまけに提出形式がDVDなのでソースはオーバスペックだから正直隙のない選択ではある。いくつか事務処理上の不安はあるが、製作も編集のみで基本的に済むので休日を丸一日潰して編集を完了した。

不幸を隠蔽して違いを作り出す

が、この作品にも問題はある。この手の作品もまた誰かが作る可能性がある。基本的に女の子がうろうろしているだけなので、3分映画宴としては被る危険を否定しきれない。ので全面に押し出すには危険が大きかった。とはいえ、後詰めとして大いに価値があるのでとりあえず置いておく。

では何か他の手はないか、と考える。撮影したのにポスプロとその後の諸問題でお蔵になった映画は都合3本あり、計画している作品、試験撮影のみした作品も数本ある。これらの作品にしか協力していただいた人にはなんの結末あるいは通過点を提供できないままであり、これは僕の不徳の致すところである。この沈みを取り返せないだろうか。関わった人間が不幸になるというレッテルが心の中にある。これを打ち消せないだろうか。

死んだ作品達に今一度復活していただき、今後を定めるーー上手くいけば巨匠・押井守監督からお前の作品はここをなんとかしろ、と言っていただけるわけだーーこの計画の特性を鑑み、新たな作戦名を考えた。B計画の次だからC計画というのはいかにもである。とはいえ、復活作戦も子どもっぽい。というわけで宇治作戦と命名された作戦の立案が開始された。

脚本の開発と実装

ざっとプロットを書き、脚本協力のXJINEに送り、査読してもらい意見を反映すること数回、なんとか3分の作品の脚本ができあがった。

今まで自分たちがやってきたことを底に敷くことで資産を活用しやすくした。続いて一本の物語として成り立たせるために順序を入れ替え、おもしろおかしくするために脚色した。三分間で、はじまって、おわり、伏線を敷いて、回収して「なるほどこうなるのか」と見た人が納得の行く作品を作りたかった。得てして短編自主映画は笑いか芸術か意味不明かイイ話になるので「おもしろい辻褄の合う物語、辻褄が合うことでおもしろい物語」を作りたかった。

また、三分にも関わらず物語のある自主映画というのは退屈になる傾向があるので、観る人を飽きさせないために、また持てる技術を見せるためにこれでもかと要素を叩き込んだ。時間を操作して、あっと言う間に終わらせたかったのである。

さらに、今まで僕の作品に関わった皆を不幸にしないために(今さらなんだと思う奴は映像の利用許可をくれないもしくは連絡がとれないので、結局幸せになろうと思う人間しか幸せになれない素敵システムである)今ある素材を組み込めるようにした。

骨が折れたが、当然困難であるということはネタ被りの可能性を無限にゼロに漸近できるということなので、従って文句のない脚本が完成した。

制作

とりあえず、手元にある素材をはめ込んで、ない素材をイラストでごまかしてライカリールを作った。これを腹積もりは決まっていたのだが何人かにB計画と合わせて送り、予想外の視点からのB計画推しが発生しないことを確認した。

あとは期日までにクオリティの高い素材に入れ替えられるだけ入れ替え、必要な許可を獲得し、獲得できなかったときは別素材に入れ替えるなりなんなりして誤魔化しきれば完成である。

この時、友人達の反応は素晴らしかった。長い間連絡を取っていなかった多くの友人が、問い合わせに素早く反応して、映像の使用を快諾してくれた。また佐々井は自ら手伝いを申し出て、素材撮影を頼むとあっという間に仕上げ納品し、表示系をいつも担当してくれる杉田はタケノコでも取りにいくように素材を送り込んできて、名優岡田氏は常軌を逸した物量のナレーションを見事にやり遂げ、夏海ルイはギリギリのタイミングでの素材納品にも関わらず待機してくれあっという間に整音し送り返してくれた。持つべきものは良き友である。まあ、僕のような人間と連絡を取ってくれる人間である以上、人間レベルがZXぐらいなのだけど。

制作進行も問題なく、夏の大失策であった徹夜発生も順調に回避して、締め切り数日前に納品は完了した。

唯一心残りだったのは、いつも大切にしてきた映像の品質をまっさきに捨てることになったことだ。仕方のない話なのだが、映像あっての映画なので「自主映画」という色眼鏡に要求する色の濃さが過去最大級になっていまったことは非常に残念だ。爆撃はドキュメンタリィなので許せる部分もあるが、今回は最悪である。

後詰めの寝台特急

さて、米子に行くことになるわけだが、行くのだからどうせだからおもしろく行きたいものである。場所は米子、つまり出雲市への経路であり、サンライズ出雲の経由地である。選ばない理由がありましょうか。帰りは愚直にやくもに乗っても良いし、三江線というものを体験しても良いし、山口経由で500系を堪能するも良し、智頭急行を満喫するのも悪くなさそうである。というわけで、サンライズ出雲寝台特急券を確保した。ここで欲を出してシングルデラックスを確保しようとすると製作期間が犠牲になるのであっさりソロを選択した。

全国自主怪獣映画選手権

さらに製作が進む中、第七回全国自主怪獣映画選手権米子大会というものが開催されることがわかり、こちらの締め切りは二週間遅れとのことなので、こちらにも作品を送り込むことにした。こうすることで、3分映画宴の予備審査に落ちても米子に行く意味が二重に確保できるという寸法である。

怪獣映画だが、二週間でできることは限られているので予告編作戦である。が、ここでボスの教えを実現するために、また製作期間を短縮するために怪獣や破壊活動にはCGIになっていただくことにした。バルンガが大好きなのでバルンガみたいな空に浮かぶ怪しい獣としたかったが、モデリングが簡単な幾何学的な形状とし、使徒との誹りはこれを甘んじて受けることにした。元ネタは私の手元に全50話のプロットと諸設定、撮影計画と資金回収計画の概要が存在する巨人が宇宙怪獣と戦うシリーズ物に登場する「寄生星座」で、星空に擬態して地球に接近する大怪獣である。

こうして昼飯前の1時間で擬態天穹ファルステラは爆誕した。登場だけでなく恐怖の破壊光線デジェネレイテット・スタアライトによる破壊活動も行いたいのだが、CGIの破壊活動は困難が予測されるので、ビルを量産して合成し、冒頭にワンカット、ケツに合成前のワンカットを掲載して破壊前と破壊後だけ見せる素晴らしいアイディアで凌ぐ後詰めを立案した。

本命はニコ生でやっていて一度だけタイムシフトで見ることに成功した破壊のプロ、発破の米岡という二つ名を持っているらしいステルスワークスの米岡氏のシン・ゴジラメイキングを見た記憶を参考に「ガラス、金属、ワッフル構造のコンクリートの三素材でビルを構築し破壊して物理演算で解決する作戦」である(何しろ一回しか見ていないのでそれしか覚えていない)。

どうせならリッチな計画を立ててできることをやってできなかったことを切り捨てて組み上げれば良い、という考えで、ざっくりビデオコンテをつくりFacebookにアップロードし、出演者を集めるということもしたがこれは失敗した。

あとはまあなんとかなるだろと連日物理演算と格闘し、最後は昔の素材をひっぱり出して手作業でマスクを切り、でっち上げ、引き伸ばし、誤魔化し、凌ぎ、バレないだろうとタカを括り、石渡の名曲の雰囲気で押し切り15秒の映像が完成し、納品した。

なお、この製作途中に3分映画宴の招待作品に選ばれたと連絡が入り、これは旅費が浮いたと小躍りした。なお、この招待作品というのは抽選だそうなのでここで運を使い果たしたことは明白である。

当日

一週間の休息ののち地震が発生したのでなんとあのトワイライトエクスプレスロイヤルウヤの悲劇再びかと思ったが、無事22時に人類決戦の地、現実が勝利した場所を特別急行サンライズ出雲号は出発し、次の日の朝私は米子に到着した。

息をつく間もなく全国自主怪獣映画選手権米子大会が開催され、怪獣映画野郎共の秀作奇作怪作快作を堪能し、手前の作品「シリウスの七日間テレビスポット」は田口清隆監督より「次は90秒にしよう!」と誠にありがたいお言葉をいただいた。上記の通り、ビデオコンテはあるので出演者はいつでも募集している。

一旦ホテルに寝て仮眠をとり(寝台特急に乗ると楽しくて寝られなくなるのが鉄道好きの習性である)、ガイナックスシアターに赴くと3分映画宴である。前半戦のトリ、つまりグランプリ作品とその反応を見て、あ、こりゃもうダメだと観念し、その後の作品を鑑賞した。拙作「失われたフィルムを求めて」は予想通りあっさりスルーされたが第四目標は達成した。授賞式を緊張が解けた仏の心で眺め、交流会では足りないコミュ力をかき集め総動員し、審査員の方々と周囲の楽しい会話を邪魔して強引にコメントを獲得し見事五つの目標を達成した上に、素敵な出会い(残念ながら一部が期待するような男女の出会いは当然なかった)などもあり、見事拾えるものを拾い尽くして帰投することに成功し、明日からまたアニメを作ることができるのである。

結末を回避する技術

予定通り結末は回避された。何か劇的な出来事があって映画を撮り続けることを決意したのかと期待していた向きには申し訳ないが、劇的なことがあるようではその時点でダメなのだ。

劇的はお話としてはおもしろいかもしれない(だから劇的と言うのである)。日常としては落第である。「ああ無冠に終わってしまった」と嘆き悲しみ悟り終えて「勝つことから逃亡」するのを回避するために最も必要なことであり同時にその目的は、安定なのだ。そしてその安定は不断の手抜きへの飽くなき追求によってのみ成立するものであり、丁寧に獲得してきた基礎技術があってこそ、この二ヶ月を生きてこられたと捉えている。

努力しなかったとは言わないが、毎日7時間寝ている。見事にやりおおせたことがわかるだろう。

確かに米子映画事変への参加は突発的で異常な、まさに事変であった。ただ、これへのここまで記してきた対処は猛烈な努力などではなく、状況を観察し、評価し、計画を立て、実行するその循環を回し続けたことにあるのは明らかである。そしてその単純に見えることを成り立たせているのが、余裕なのだ。これを忘れてはいけない。余裕なくして勝利なく、余裕がないから、部活の大会が人生のすべてになってしまうから、結末を回避できないのだ。

結末を回避する技術とは、ここに書いたことを「あ、その程度のことなのね」と捉えられるかどうかから始まると僕は考えている。