六月の開発局

「業界の人」じゃないよ

正しさを傷つけたい - 東京発新宿行片道切符2泊3日

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どこかに行ったという話を書くと、思い出話から始まってしまうことが多い。けれども、他人の物語の上に思い出話が載っている、というのはなかなかこってりした感触がある。だから、したことから書きはじめよう。

東京駅から旅に出るときはいつも祭に寄るが、今日はシンプルにひと口牛タン麦ご飯を選んだ。朝食だが、やや少なめである。しかしこの後のことを考えるとこれぐらいがよい。

入線まで暫くあったので、愛機D500に70-200を装着し、E2とこれから乗る新幹線電車、西日本旅客鉄道W7系電車第3編成を仕留めた。曇り空の湿った空気が残せて、なかなかの出来栄えである。

指定された座席に着座し、脚を伸ばす。しばらくすると、静かに車体が滑り出した。北陸ロマンのメロディが流れる。まだ子どものままだと認めてほしいから、日本海を求めているのではないのだと記しておく。

大宮を抜けると、電車は加速する。すると、揺れ始める。ああ、早くなったな、とわかるぐらいだ。あくまで印象だが、東北新幹線より揺れている感じがある。おもしろいものだ。

おもむろにひと口牛タン麦ご飯を広げ、牛タンのほのかな香りを楽しみながら味わった。気づくと上越新幹線が右に分かれていく。北陸新幹線は、佐久平から東京までE2だったころに乗って以来である。

それが最初の北陸新幹線で、その前はしなの鉄道軽井沢まで南下し、そこからバスで横川まで来た。そして青春18きっぷで帰ったのだ。さらにその前は97年の早春にあさまで往復した一度きりの碓氷峠だ。

久々の道にも関わらず天候はよろしくないが、太陽を雲が厚く覆い隠してくれると、濃い灰色の空から滲み出す光が、山や田畑の緑を色濃く見せてくれるので悪くはない。もちろん、山を取り巻くように流れていく雲も好きだ。

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車販が回って来たので、シンカンセンスゴイカタイアイスの加賀さつまいも味をお願いする。相変わらずの硬さは加賀の名にふさわしく、渡された直後はまさに鎧袖一触、プラスティックのスプーンをへし折る勢いである。とはいえアイスだから、しばらく手の中で温めれば柔らかくなる。心配いらない。口に含むと大変上品なさつまいもの味がしてよろしい。

北陸新幹線はトンネルばかりで何もみえない」ときいていたのでかなり身構えていたのだが、思いの外いろいろ見える。トンネルの知識があれば、もっといろいろ見えるだろうが、たまに防音壁の間から見える長野や富山、石川の大地は素敵なものだった。

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きっと「景色が見える」ということに「妙高山が見える」とか「黒部ダムが見える」みたいな期待をしているのだろう。けれども、それ以外の手段では辿り着くことのできない位置に登り、時速270kmで流れていく日本の一面を目に入れること、そこに東京から富山や金沢に、ふと思い立ったら飛び乗って、脚を伸ばしてくつろいで、途中で乗り換えたり座席を回転させることなくたどり着きたいという人々の当たり前の夢が叶っていることを感じられることに価値がある。新幹線を楽しむとは、そういうことなのだ。そういう、何気ない人間らしさや幸せを摘み取っていかなければ、こんな天気の旅行など、ただの苦行である。

大宮の次は長野、富山、そして金沢と悪い冗談みたいな速度で北陸新幹線かがやき号は終着駅へと辿り着いた。

すぐに降車して、改札で無効印を押してもらい、新幹線特急券を持って外に出る。そして自動券売機で北陸トライアングルルートきっぷを発券すると、今度は在来線の改札を抜けて4番線ホームを探した。5、6番線のホームの先に4番線ホームはあり、すでに着物姿の係員やJR西日本の社員らしき人々と乗客が集まっている。その奥に侍っているのが、キハ48系を改造した観光列車特急花嫁のれん号である。

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念のために書いておくが、花嫁のれんというのはこの地方の風習で嫁入りする娘にその幸せを願いもたせた暖簾のことであり、この列車においては乗客の幸せを願って名付けられたものだと言う。だから、僕が彼女いない歴=年齢のくだらないキモヲタであっても金さえ払えば乗って構わないのである。もちろん、岸本麻依のような黒髪の乙女が一緒ならいいのだが、残念ながらそれは夢である。

赤を基調とした車体は豪華さを演出しており、運転士と車掌の他に着物姿の女性客室乗務員3名、それから制服姿のJR西日本の社員数名が乗り、概ね満席という、器に見合う充実度で花嫁のれん1号は曇り空の能登半島へと走り出した。

すぐにテーブルには紙製のシートが敷かれ、客室乗務員に加賀棒茶かコーヒーかと訊かれたので加賀棒茶と答えた。望み通りの加賀棒茶とスイーツが到着し僕はそれを味わう。

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しかし悲しいかな、種車がキハ48なので豪華を謳うには若干揺れが激しい。まあ、そんなことをいったらダイナープレヤデスでの食事など発車時の揺れが危険なレベルだったが。お値段は全く豪華ではないし、むしろお値打ちで普通におすすめできる列車である。特に鉄道が好きではない人を誘うのにも向いているだろう。そもそも、揺れるなどと言っている人間は他にいない。

スイーツを食べ終えると焼き菓子の箱が届いたが、それはお土産として持ち帰ることにし、しばらく車内を見学したりして楽しんだ。そのあたりで、やっと客室乗務員の和服が巴姐さんのそれとかなり似ていることに気づいた。能登半島を走っているが、別に能登さんの声で喋ってくれるわけではない。もしそうだったら、日本中の兵器研究家が集まるだろう。

窓の外にはかなり青鷺がいて、このあたりでは空ほど珍しいものではないのだな、と思う。サイダーをあげたい。一方、河川がかなり増水していて不穏な雰囲気である。

終点の和倉温泉までは行かず、七尾で下車する。下車の際に乗っていた社員氏にきくと、具体的な数字は言えないが、観光列車は採算目的でやっているわけではないという。

列車を見送って、隣を見ると喜翆荘の面々が侍っている。まあ後でまた、と思い、かなり雨足が強いのだが意を決して駅を出て町へと歩き出す。

歩いて10分強で目的の店に辿り着いた。すぐに女性の方が新聞紙を敷いた目につかないところに荷物を置かせてくれる。ありがたいことである。

その寿司屋には二人の板前さんがいて、この後も食べることが想定できたから、3000円のおまかせ握り10貫セットを頼んだ。今は亡き、さして偉大ではない父が「本当に旨い寿司屋はネタもシャリも小さいんだ」と言っていたが、ホラ吹きについては伯爵並みの地位を築いていた男なので定かではない。ただ、ネタもシャリも小さめのその店の寿司は実に美味く、多くの握りに味がついていたがその味も絶妙だった。特に貝を好む僕だが、歯切れよくしかし力強い歯応えの貝に満足できた。他に何か食べたいものはございますかと訊かれたので、しめ鯖とコハダを頼んだが、このコハダを最後にこの店を出るべきだ、と思うほど大変よいコハダであった。そして実際に店を出た。

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また雨の中駅に戻る。戻ると、のと鉄道の車両が侍っていたので飛び乗った。人が少なければ写真など撮るのだが、期末試験なのか昼過ぎにも関わらずたくさんの制服姿の少年少女が乗車しているので大人しく座る。しばらくすると列車は走り出した。

流れて行く景色のなかに、岬にある社を守っているのだろう、小さな森を見つける。曇り空の下佇む鷺たちを眺める。

少しずつ少年少女が下車していき、人の少なくなった車内を歩いて車端部に行くと、板前見習いの鶴来民子嬢のスタンプがあったので、持ってきているメモ帳に押す。インクが滲んでしまって上手く押せない。

終点穴水の駅に着いたのに、隣のボックスの男性が目を覚まさないので、運転士にその旨伝えて下車した。次の列車で戻ることにして、土産物屋に入ると、素敵な写真集を見つけたので買うことをする。その土地の印刷物で欲しいものがあるなら買うべきだ。次にいつ買えるかわからないのだから。もちろん、二度と手に入らない可能性もある。ついでに鉄道むすめスタンプもあったので買う。西岸まはる嬢はのと鉄道のアテンダントだそうで、ワインレッドの髪である。愛すべき喜翆荘の面々のBトレインショーティに手を伸ばすと大変なことになるのでこれは中止。

買ったスタンプは大きいものが駅に配置されていたのでこれもメモ帳に押して、入線しているのと鉄道の観光列車、のと里山里海号に乗車した。平日の乗車整理券はわずか300円である。なお、僕が乗った列車は専用編成で運転されるのではなく、一般編成に専用車両を連結して運行される。当然、一般車両に乗れば乗車整理券は不要である。

走り出すと西岸嬢と同じ制服を着た客室乗務員の女性が、観光案内をしてくれる。これまた洒落た作りの車内だが、水戸岡鋭治の仕事かとよく訊かれるらしい。だが、ドーンデザイン研究所は関わっていない。そして、この気動車NT300型は新車である。

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先ほど、社が中にあるだろうと想像していた能登鹿島の森には本当に社が中にあると解説される。ついでにマロこと米林宏昌監督はこの石川の出身であると説明しようとする客室乗務員氏であったが、名前が出てこないのをなんとか誤魔化そうとしている。がんばれがんばれ、と思っていたらやっと出た。

のと鉄道七尾線の残されている区間は僅か30キロメートル強であり、運転時間にして50分ほどしかない。だから、観光列車の客室乗務員は喋り通しである。せっかく案内してくださっているのに聞かないわけにもいかないから聞いているが(なにせ乗客が四人しかいないのである)、これがもし蛸島まで路線が存続していたら……と思ってしまう。

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七尾まで戻ってきたが、特に予定もないので、同じ列車の一般車に乗り込んで和倉温泉まで行ってみるが、天候が悪く、散歩する気にもならない。ので、帰れる時間になるまでのんびりと写真を整理したりうたた寝して過ごした。

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再度七尾に向かい、そこからJR西日本の交直流電車413系に乗る。初めての乗車だ。ボックス占有は叶わないほど、それなりの乗車率である。能登半島を南下する車窓からは、時折雲の隙間を抜けて落ちてくる光が見える。それが窓ガラスに残された水滴を輝かせていてとても美しい。明日こそ晴れて欲しいと思うが、予想降水確率は堂々の100%である。

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行きはキハ48なので気がつかなかったが、この413系電車には交直流区界で照明が非常灯のみになるという大変風情あるできごとがある。久しぶりの体験だったので大変楽しんだ。

金沢の駅に辿り着くと既に20時前。ホテルにチェックインして、近くの居酒屋で夕食とした。

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次の日は朝から酷い雨で、気になって確認すると本日利用予定の城端線は早朝運休していたらしい。今は再開しているとのことなので駅へと向かうが、既に七尾線は全線見合わせの上、花嫁のれん号も運休ーーウヤである。昨日乗っておいてよかった、と思いながらIRいしかわ鉄道線を走るあいの風とやま鉄道所属の413系電車に乗る。国鉄型車両らしいモータとクーラの音が、曇り空の朝に大変いい雰囲気をくれる。倶利伽羅駅で線路もあいの風とやま鉄道の運転区間となるが、特に変わることはない。石動駅を超えて城端線の起点駅、高岡駅に到着した。

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まず入線してきたタラコ色もひどく色褪せたキハ40気動車に乗車し、城端線で最も新しい駅、隣の新高岡駅に行く。

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新高岡駅に着くと、雨は本当に激しくなっていた。棒線の途中に増設されたホームの屋根と北陸新幹線の駅舎の庇との間にどうしても避けようのない妙な隙間があり、数歩だけ雨に降られながら真新しい新高岡駅の駅舎へと入った。自動券売機で入場券を購入してホームへ。進入してきたはくたか号を撮影し、出場する。この駅は撮影でも有名なのだが、どうやらかなり限定された条件でないと良い写真が撮れないようだ。

その後、また城端線のホームに戻り、しばらくすると雨霧の中に橙色の前照灯が光る。あの夢の豪華寝台特急を思わせる美しい緑色の車体が白いベールの中から徐々に姿を露わにする。誇らしげにヘッドマークを掲げたキハ40系2000番台は快速Belles Montagnes et mer号、通称、べるもんたである。車名は美しい山と海という意味だそうだが、オーナがカラーひよこの養殖やベランダで飼える牛などといった怪しい事業に手を出していたレストランの名前の意味が「良き友」であったことを思い起こすと、フランス語では良きと美しい、は同じなのかもしれない、などと考える。

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アイドリング音を聞きながら中に入り、木と緑でまとめられた内装を堪能する。天井にある扇風機にも専用のロゴがある。かつては国鉄と書かれていて、それがJR西日本になり、また変わったのだろうと思うと大変感慨深い。側面に取り付けられた赤と白の扇風機スイッチもそのままである。クラシカルモダンである。なるほどいい具合だと思いながら、予約していた座席に腰を落ち着ける。僕が座った窓際の座席は木製か木のシートを貼った金属製のようだが、座布団がついている。この座布団はあとから追加されたそうだ。よし、では列車が動くのを待とう、と思った時、異変が起きた。

運転抑止である。大雨の為しばらくこの新高岡駅で停車するとのことである。車掌氏が来てこの後どうするのかときくので、城端まで行き午後のべるもんたで戻る旨伝える。13時ごろ運転再開の見込みとのことだが、まだ10時前である。

乗車しているボランティアの女性はかなり気さくな二人組でカラオケもないけどまあしばらく喋るわ、3時間も喋れるかしら、などと付近のイオンなどの案内を始める。何しろ車はびくともしないし、周りに何もないから新幹線の駅がポンとできたのであるから、イオンぐらいしか名所がない。また、このキハ40系は2000番台ですから、などと説明する。妙に詳しい。

この列車には寿司職人が乗っており、可愛らしい給仕の女性まで乗っている。とにかくメンツのキャラが濃かったことが功を奏した。飽きなかったのである。職人、給仕の女の子、ボランティアのおばちゃん、ボランティアのおばあちゃん、指導に居合わせた熟練運転士、青年車掌に勤続十数年の中堅運転士という見事なキャラ配置である。もちろん、これ以外に他の乗客も数名いる。

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さて、この寿司はもちろん値段のことがあるから昨日の寿司のような絶品ではないが、当然その場で職人が握るわけであるから駅弁よりは丁寧な味で、雰囲気に金を払っているわけでもあるから、そう考えたらお安い2000円である。しかしもともとさっさと食うための食品だから出て来た寿司を平らげるのにそれほど時間はかからない。その後はとにかく雑談である。

とりあえず車掌氏のところに行くと駅の両側にある踏切が車両の位置を認識できず、ずっと閉鎖しているので渋滞になってしまったと言う。見ると確かに車は連なり人も傘をさして愚直に待っている。日本の社会秩序の高さが窺い知れるが、ひどい話である。もうちょっと車を前に出したらセンサが認識しなくなるのではないか、という案も出たが、もちろん勝手な真似はできない。乗務員諸氏もとりあえず観ていることしかできないのである。

運転士氏によればこのべるもんた号は海の方につながる氷見線を走る日曜運転のべるもんた氷見の方が人気があり、予約が取りづらいという。僕の中での氷見のイメージは数年前に行った、富山の狂犬ーー最近木の上の逆ナン女派が幅を利かせているが、僕は誓って狂犬派であるーーが走って転んだ場所、氷見港に支配されているが、途中の海岸の景色の良いところで停車したりといった仕掛けもあって人気だという。対してこのべるもんた城端は不人気で、乗客より乗務員の方が多いこともザラだそうだ。チュパカブラ王国国王の木春由乃は一体何をしているのか。間野山観光協会に連絡を入れたくなる。とりもち大臣は呑気に「だんないよ」などと言っているのだろうか。まったく大事だというのに。

また、花嫁のれんも人気で予約が取れないということだったが、そもそも僕はべるもんたを楽しみにしていた。

中堅運転士氏が車に帰って来て、車掌氏からの電話を求めていると駅の放送で言っているぞと言うので、車掌氏、業務用携帯電話で電話をかける。どうやら運転指令と繋がっているらしく、しばらくやりとりを待つ。

すると車掌氏、取り敢えず砺波で折り返すことになるという。棒線なので物理的にはどうとでもなるのだが、信号つまり保安上の問題で列車は好き勝手に進行方向を変えられない。当然時刻表の再設定も必要になるので、砺波までは進めたい。ところがそれが客扱いを行う営業運転なのか回送運転なのか要領を得ないではないかと中堅運転士氏が問いただすと、おそらく指令はすでに皆降りたものと思っている、だから話がおかしい、と車掌氏が言う。

運転抑止の指令というと、やはり思い起こすのは両毛線の駅途中で抑止をかけて雪が降り続ける北関東の「荒野」に電車を放置した指令である。明里がバカみたいに健気な女の子でなければほうじ茶と弁当抱えて岩舟駅を後にし家に帰っていたに違いない。貴樹ざまあ、であるが明里がかわいそうだ。しかし現実の運転指令は少しまともだ、何しろ列車は新高岡に停車中である、と思ったが、なんと驚くべきことに抑止がかかったのは新高岡に来る前だという。こんなところで停めてどうすると新高岡まで走ったようだ。

業を煮やした中堅運転士氏は俺が話す、と業務用携帯電話を奪い取り自らダイヤルして話し始める。

「何言ってるんですか。観光列車ですよ。お客さんみんなこれに乗りたいから来てるんじゃないですか」

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電話後、2名の運転士氏と車掌氏が相談し始めたので、いったんボランティア氏たちとの会話に戻る。するとボランティア氏、南京玉すだれのような楽器を持ち出し、鳴らしてみせる。これはおもしろいと他の乗客氏も鳴らし始め、ボランティア氏が日本最古の民謡こきりこ節を唄い出したのでそれに合わせて手を叩き体を揺らす。車掌氏も戻って来てまんざらでもない様子で眺めている。

数十メートル先の視界も怪しい瀑布の如き豪雨の中、棒線の駅に停車したキハ40の中で乗客は酒を呷り、楽器を鳴らして唄いながら体を揺らしているのである。完全に居酒屋である。

さてひとしきり騒ぐと車掌氏が新幹線も長野の方では止まっていて、この列車も本当に運転再開が見えなくなって来たと言う。このままウヤの可能性もあるという。が、することもないので待つことにする。ボランティア氏は北陸新幹線が一番かっこいいと言い、車掌氏はそれは地元贔屓が入ってませんかと笑いながら言う。

ふと気づいてJR西日本のホームページをみると、城端線は未だに一部列車に遅延との表示。この列車を出迎え、手を振るために駆り出されたボランティアの方達はまさか待ちぼうけを食っていないだろうかと心配になる。

車掌氏によると、件の踏切に人を向かわせて遮断棒を抜いたと言うので、表に出て見てみるとなるほど、二人の係員が人参を振り回して車を通している。そして、その手前にあるホームの端の看板の絵はなんと指導で同乗していた熟練運転士氏の作とのことである。僕より上手い。

観光ボランティアの女性の一人は、今日が初めての乗車だがわずか一駅でこの有様であると嘆く。熟練運転士氏はこのままだとジャガイモが腐ってしまうと心配している。とにかく酷い雨である。

中堅運転士氏がどこから来たのかと言うので行程を話し、他にも鉄道旅行の予定を立てているところだ、などと話す。すると中堅運転士氏は俄然嬉しそうになり、乗るのも楽しいけど、計画を立てている時も楽しいですよね、と乗ってくる。自分が乗るのが好きだから、人が乗るときに無理解で打ち切られるのに我慢がならなかったのだろうな、と思える。そしていつか瑞風に乗りたいという話した。憧れである。夢はまだあるのだ。あの素晴らしい列車に乗りたい。

また、681/683系時代のはくたかのことも話した。681/683系は乗務員室が暑かったという。北陸新幹線の開業後キハ40の免許を取得されたそうだ。こういう話が運転士氏とできる機会は少ないので、大変嬉しい。

それからしばらくして、正式に新高岡駅での運転打ち切りが通知された。仕方なく帰りの分の酒を要求し、日本酒をホタルイカなどをアテにして呑む。割とうまい。ボランティアの人たちは帰れるかわからんと言っていたので、給仕の女の子にも帰れるのか?と聞いたら、わからないですねえと笑っている。つまらないおっさんの扱いに慣れているのである。さすがである。今朝も列車遅延で遅刻したそうだ。

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長居しても悪いので、ひっかける感じで呑んで、必ずまた乗りに来ると約束して降車した。残念だが、大変よい乗務員諸氏のおかげでとても楽しめた。

新高岡駅の有人窓口には列ができていたが、とりあえず帰りのべるもんたを払い戻しした。行きももちろん払い戻せるのだが、これだけ楽しませてもらって申し訳ないので記念も兼ねて保存することにした。なにしろたったの520円である。

北陸トライアングルルートきっぷで北陸新幹線には乗れないので、特定特急券および乗車券を購入して、北陸新幹線で金沢に戻る。金沢の駅では新幹線ホームに続く階段で、制服姿の少女とすれ違った。彼女が新幹線によって快適な通学路を得られたのだと思うととても嬉しくなる。

続いて北陸本線の特急しらさぎ号に乗って福井駅へと出た。乗車した681系電車はデビューからだいぶ経っているが、大変快適な特急型電車である。灯火類を車体の低いところにまとめ、対して乗務員室の窓を高くする顔付きは、285系寝台電車サンライズエクスプレスやJR西日本の旗艦、キハ87系TWILIGHT EXPRESS瑞風と同じである。キハ87系はそういう、伝統を維持したスタイルが大変よい。

列車の滑るような走りに乗って流れゆく景色と変わっていく空模様を眺めていると、あっという間に福井駅へと到着した。車窓からは北陸新幹線の高架が見えた。

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駅改札を出て、いったん外に出ると、北陸新幹線の高架のまさに先端が見える。ここが現時点の北陸新幹線の建築物上の最先端なのだ、と感動し、えちぜん鉄道の改札まで歩く。暗い階段を上ると、えちぜん鉄道のホームである。このえちぜん鉄道福井駅は、現在北陸新幹線用の高架に存在している。

えちぜん鉄道三国芦原線にはゴールデンウィークにわずか一駅だけ乗車したが、今回は始発駅から終着駅まで完乗する。

老若男女問わずなかなかの乗車率で普通電車は出発した。客室乗務員も乗車しており、一般車両と言えどもなかなか素敵な1時間弱の行程である。もちろん観光列車のおもてなしも好きだが、生活の足として人々が利用している様、その土地の人が入れ替わり立ち替わり乗車する様子を見ているのはもっと好きだ。

ゴールデンウィークに乗った時はガラガラだったのでどうなるのかと思ったが結局それなりの人数を乗せて列車は終着駅、三国港駅へと到着した。

前回は無人であった駅には今日は駅員さんがいらしたので、前回買い損ねた鉄道コレクションMC7000型を購入する。そしてiPhoneを頼りに蝉の鳴き声が響く住宅地を抜けて、本日の宿である民宿に荷物を置いた。

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着替えなどを置いて身軽になったら、カメラを担いで適当に歩き出した。雲は厚く、夕日は期待できないが、歩けばなにか素敵な景色に出会えるだろう、という期待だ。まず三国港駅へ戻ると、足元に黒い影がはっている。さてはあやつかとよく見ると、なんとカニであった。

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それから、ふらふらと適当に歩き、猫を撮ったり鳶を撮ったり、いつものお散歩撮影を3時間ほど楽しんだ。さらっと一言で書いているが、こういう時間は旅行の中で一番楽しい時間の一つである。浜辺では海の家の建設工事が始まって、夏の訪れを感じる。いつか女の子と夏の海でデートとかしてみたい、と思っていたらもう30である。また、叶わない夢を重ねてしまったのだな、と思う。それでも未来のわたしがぜーんぶ解決してくれますように、とゆっくりと灰色に落ちていく海を背に、民宿へと戻った。

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安さに対して大変美味しい夕食をいただき、見てくれは普通の家の風呂の巨大版だが温泉であるお風呂に浸かり、しばらく写真を整理したり焼いたりしたあと、再度外に出た。

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民宿の軒先にあった紫陽花には、夜になって降り出し1時間ほど前に上がった雨の雫が残されていて、iPhoneのライトで照らすと大変美しい。

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のんびり歩いて三度訪れた夜の三国港駅には、かつて貨物ホームであったであろう留置線の車止め近くに夜間帯泊の車両が停められている。なるほど、と思っていたら、なんとさらに別の車も走ってきて運転士のみでわずか数メートル手前に停めたのでびっくりした。

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朝、目が覚めたら朝食をいただき、すぐに支度をして宿を発った。1時間ほど余裕があるので、三国の駅まで散歩する。軒先の花や作物からも夏になっているのがわかる。

三国の駅窓口では最近流行りの見栄えのいい方のマスキングテープが売っていたので買った。これは、あとでノートにきっぷを貼り付けたりするのに使える。

生徒さんらしき制服姿が結構いる。部活なのだろう。若い子が多いことは鉄路がその価値を表すために大切なことの一つだ。もちろん、他にもよいことがたくさんある。三国には大きな新しい保育園もあったから、そうして発展していくことを願っている。

上り列車には当初客室乗務員の女性は乗っていなかったが、途中から乗ってきたらしく、下車するときに気づいた。この制服も大変可愛らしいのに、残念ながら鉄道むすめは配置されていないのである。うちのアルトリアに着せてやったらきっと似合うだろう。

福井駅についたら、改札氏に北陸トライアングルルートきっぷのアンケートを渡した。ここを最後にJR西日本の社員氏とこの旅行では会えないからだ。

北陸本線ホームで特急しらさぎ号を待っている間、待合室で話しかけてこられた老婦人と話す。特に書いてはいないが、老婦人にはよく話しかけられる。もちろんできれば僕に多大な興味を持ってくれる彼氏のいない美少女がいいのだが、まあ、おもしろいおばちゃんおばあちゃんと話すのは楽しいので、構わない。なんでも、これから名古屋に行きセントレアから娘の住むカナダに向かうそうだ。こうして、足の不自由なその老婦人でも整備された公共交通機関を使えば太平洋の反対側に行けることがとても嬉しく思える。

貨物駅である南福井駅には、青い塗装に金色の帯の入ったEF510電気機関車が留置されていた。こちらも津軽海峡寝台特急の原点にして頂点、寝台特急北斗星号を牽引した名機である。撮影できなかったのは残念だが、こうして再会が叶った喜びが色褪せるものではない。

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時折晴れ間も見えて、それは大変素敵な色の視界だった。途中の木ノ本駅にはSLびわ湖号が侍っており、これを楽しみにしている人達に危険のないよう、しらさぎ号は徐行する。これまた残念ながら反対の窓側に見えた。

米原スイッチバックが行われ、東海道本線しらさぎ号は名古屋まで北上する。

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名古屋の駅で降りるとものすごく暑い。さすが名古屋である。何度か行っているがとにかく暑い。湿度もものすごく高いのに、磯の匂いがせず、風もない。iPhoneで確認すると最高気温33度、現在の気温は35度であった。誤記ではない。

10分しか乗り換え時間がないので、すぐに中央本線のホームに向かい、昼食として天むすとお茶を購入した。中央本線の特急しなの号の383系電車は初乗車である。

普通席でもフットレストが付いているなかなかの車両で、とりあえず腰を据えて天むすを食べながら御多分に洩れず外の景色を眺めることにする。

中央本線は全体的に山岳地帯を走行する線路だが、名古屋塩尻間、俗に中央西線と呼ばれる区間は川とその周囲の渓谷を走る区間が多い。このため車窓からの景色はなかなか見晴らしの良いものとなる。

鉄道旅行の楽しみの一つは車窓からの景色にある。車の場合高架には基本的に壁があり、視界が悪い。また、そもそも着座位置が低く、視界に難があることも多い。対して、鉄道の場合、軌道を逸脱する可能性が低いため、防音が必要でない在来線には視界を遮るものがほとんどない。未電化区間の場合架線柱すらない。くわえて古い線路の場合トンネルを掘削する技術がないから山や海岸に沿って走ることになり、線形が悪化しているから低速で走行する。つまり、じっくり景色を眺めることができるわけだ。

中央西線は電化もされているし、走行速度もなかなかのものだが、視点の良さはかなり良いほうである。というわけで、とても楽しい。

残念なのはじっくり撮影できないことだが、天気も悪いので、とりあえず気になる駅をメモしていくことにする。駅メモはやってない。また後でいい天気の時にのんびり訪れれば良いだろう。

途中の中津川駅で降車してしばらく普通列車を待つことにする。とはいえ他に頻繁に列車が来るところでもなく暇なので、一度改札を出て付近の土産物屋に行ってみたら、なんとシン・ゴジラが中津川では本日公開であった。なかなか過激なフレーズがポスタには並んでいて「CGもPOVも飽きた。予告編も出し惜しみ。そりゃ見たいよ」などと書いてある。

そして中津川では中央新幹線の完成が待たれていることもよくわかった。が、小樽のように十数年後の未来のためにカウントダウンタイマを設置してはいない。

次の列車は4時間以上乗車するので、車内販売もあるが万が一のことを考えてここで飛騨牛のコロッケと朴葉餅を買っておいた。美味そうである。

土産物屋を出ると、雨が降ってきて、その降ってきた時の感じが、身体中に存在する夏になると騒ぎ出す細胞を覚醒させるようで、大変心地よかった。晴れているのが良いが、こういう感覚はそれはそれで好きだ。カメラを回してもどう収めて良いのかわからないけれど。

中央西線普通列車に乗り、窓ガラスを強く叩く雨を見ながら、数駅先の南木曽駅に辿り着く。駅にはすでに多くの人が来ていて、なにか珍しい列車が来るのかと思ったら、僕が乗る列車だった。

しばらく時間があるが、ものすごい天気である。雲も厚く、風情のない形で山を覆っている。もっと天気が良く時間があれば、まさおが足を取られた橋にでも行くこともできたのだが、またの機会としよう。

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酷い雨の中、地元の人たちが運動会の白テントを張って、いろいろ売っている。ここで朴葉寿司も買った。五平餅も美味そうだったのだが、もうすでにかなりの量の食料を調達しているのでやめておく。

みんな駅にたむろしてないでなんか買ってやれよ、そうでないともう臨時列車なんか走らないぞ、と思っていたら雨が止み始め、やっと買い物に人が出て来るようになる。僕は村雨が残した小さな川の流れを撮ったり、駅スタンプを押したりして、列車が来るのを待った。

特急あずさ号用にグレードアップされた189系に乗るのは初めてだし、生で見るのも初めてのような気がするが、まあ申し訳程度にカメラを向けて撮影しておく。

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乗車したら、一応一通り客室を撮影した、夏に出す明石二種第一学校蹴球戦記の新作で189系に乗車するからだ。連中には房総の海に行ってもらう。まあ、あずさに乗るわけではないから現実にはあり得ないのだけれど、現実にはあり得ない話を最初から書いているので、気にしていない。自分が乗って触れて感覚を覚えている、ということが一番大切なことだと考えている。

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しばらくすると、南木曽駅を臨時特急木曽あずさ号が出発した。JR東海の係員氏が事前に配布したメニューによれば車内販売はなかなかのものである。自分のところに来るまでどれくらい残っているか不安だったが、ゆっくりとワゴンと販売員氏は近づいて来ていた。

鉄道唱歌のオルゴール音が流れ、思わず口の中で「汽笛一声新橋を」と歌った。懐かしいメロディだ。そういえば、碓氷峠を越えたあのあさま号の中で聞いた鉄道唱歌は一番古い鉄道唱歌の記憶だ。長い旅路もこの臨時特急の列車で一区切りを迎える。東京駅から始まった片道切符は、新宿駅に辿り着いた時、強制的に打ち切られるからだ。

木曽川中山道の案内を車掌氏が時折アナウンスしながら曇り空の中央西線を列車は進んでいく。天気は悪いが、景色を作り出す様々な物体の輪郭の美しさが変わることはない。幸運なことに木曽川側の座席が取れたので、視界も良い。だから、またいつか、良い天気の日にも来よう、それだけの話だ。それ以前に、こうして時間が流れていることを体験できていることが喜ばしいことだ。ただ軌道を進んでいく、この緩やかな時間はこんなに美しいのに、僕らがそれを伝えられないからどんどん鉄路は寂しいものになるのだと思えて、悲しくなる。

せっかくワゴン販売が来てくれたので地ビールの缶をもらった。まだ日が高いので、他の冷たいペットボトルなどとまとめてできるだけぬるくならないようにしておく。

JR東海の係員氏は何人も乗り込んでおられて、特製の手作りパネルを持って記念撮影に応じている。自分が写る趣味はないが、そのパネルは撮影させてもらった。

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塩尻で車内販売は終了とのことなので、最後にプリンとブルーベリー加工品の三点セットを買った。プリンはすぐに食べたが、大変柔らかく上品なカスタードクリームにキャラメルソースがよくあう。

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塩尻で車はスイッチバックするので、座席を回転させる。西側につけているわけだから、夕日にも期待が持てる。列車はそのまま辰野の側に回る。あれはいつだったろうか。家族で辰野のビジネスホテルに泊まったとき、あまりの悪臭に驚いたので、辰野の方には申し訳ないが辰野というとあの悪臭のイメージしかない。調べたら、もう何年も前に解消されているようだった。少しずつ、世の中は良くなって行く。

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夕日を眺めながら、ビールを開けて、コロッケに寿司、餅と木曽の味を楽しんだ。通り過ぎただけのようになってしまったが、またいつか必ず来て、今度はゆっくりしようと思う。2017年の夏、まだ木曽あずさ号は何度か走るし、夏休みに皆が乗れば来年も走るかもしれない。もちろんもう一度来る時はこれで来たいが、それができなかったとしても、来たい。

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三日間、北陸新幹線中央新幹線のようにこれからできる路線の鼓動を感じる一方で、輪島線のように今はもうない路線の記憶も拾い上げて来た。そして、城端線七尾線だって、いつ消えてもおかしくはない。国鉄型の特急も消え、いつか中央西線もなくなるかもしれない。僕は、一人の鉄道ファンとして、それは正しいことだと思っている。皆が望んでいる新幹線が作られ、人が乗らずに採算が取れない路線が廃止になることにどんな間違いがあるというのか。

もちろん、僕らがモノについてもカネについても心についても貧しいから、こういうことになっている、というのも事実だ。すべてにおいて満たされて豊かであれば、こういうことにはならない。正しさが振りかざされることはないだろう。例えば僕らは水については基本的に満たされて豊かだから、雨水を貯めて飲もうとはなかなか思わない。雨水を捨てることにも躊躇がないだろう。

カネやモノや心が満たされ豊かなら、中央新幹線にいくら金がかかろうが、沿線の代議士の懐にいくら金が入ろうが、そこの土地の人々だけが得をしようが気にならないはずだ。そもそも中央新幹線東海旅客鉄道株式会社が自らの資金で勝手に作る一私企業の私有物である。それを理解していれば、財政的には安定感のあるところに金を貸してさらに稼ごうという話なのに、それを国の事業と誤解して税金の無駄遣いだ云々と騒ぐようなことにもならないだろう。輪島線がどれだけ赤字を垂れ流そうが気にならないはずだ。だから、僕らがすべてにおいて貧しいからこそ、こういうつまらない争いや寂しい決断が下されることになっていると言って良いだろう。

僕も例外ではない。例えば、能登線が廃止された理由の一つは、道路網が発達したからだ。そもそも国鉄特定地方交通線として指定する能登線が通る区間に道路を作るどんな「採算がとれる」正しさがあるというのか。環境的にも、安全面から言っても、自動車を優先する正しさなんてないと思っているし、それを露わにすることに躊躇はない。でも、今も能登線蛸島まで走っていれば、こんなことを書く必要がない。満たされていないから、書いているわけだ。

僕らが貧しさから逃れるために手を打つことは当然として、暫しの間不本意にも貧しさに甘んじなければならないというのなら、正しさで語ることになり、その礎になるのは哲学の多数決である。そしてその正しさは、地方交通線を殺していくだろう。今まで多くの線路や、列車が消えたように。このままなら、すべての第三セクタが保有する鉄路も、JRグループ各社が保有する鉄路も失われることになるだろう。廃線は避けられない。七尾線も、城端線も。

だが、今日ではない。

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今は亡き、さほど偉大ではない、どちらかというとかなりどうしようもない僕の父は映画を見る人間だったが、チャップリンが大嫌いだった。なぜ嫌いなのか、と聞くと「チャップリンはほらこうしたらみんなおもしろいでしょう?というのが鼻についた」と言った。父は映画にはユーモアが必要だといい、堅苦しいだけの映画を嫌ったし、例えばグレート・レースは大好きだったので、おそらく流れて溶け込むようなジョークが好きだったのだろう。それから、地獄の黙示録が好きだったので、あれは何をしたい映画なのかわからない、と僕がいったら「なにか言葉で表せることを伝えたいのならそれをプラカードにでも書いて練り歩けば良いんだ。地獄の黙示録には映画でしか伝えられないことがある」と答えた。

僕は昔、観光列車というものが嫌いだった。「ほらこういうことをしてあげたらうれしいでしょう?」というのが鼻についたからだ。修学旅行を人生で3回経験しているが、一番印象に残っているシーンは、名所や名物ではない。

今も、いやそんなのどうでもいいよ、と思うことが少なくない。それは、旅に出た時に見つけられるもの、輝けるものは、「観られる光」はそういう商品になったものでないものの方が多いと思うからだ。

その日の天気は商品にはならない。七尾線で窓ガラスに光った水滴も、金沢駅の階段ですれ違った女子生徒も、三国港駅にいた蟹も、中津川駅で降り出した雨も、商品でなければ名物でもない。けれども、僕はそれがとても素敵なことに思えたし、行った価値があったと思うし、だから、こうして書いている。もちろん、書いたところで、その魅力の僅かな部分も伝わっていないとも思っている。

観光列車に対して「なにかそれは違うだろう」と思っているのはそれが理由だ。もちろん、TWILIGHT EXPRESS瑞風に乗りたいから申し込むし、ダイナープレヤデスでの次の食事ができる機会があるのならそれはとても楽しみだ。単なる住宅地の道に物語を想像できる僕なら、立ち寄り観光先にも物語を紡げるはずだ。どんな天気であってもあの列車に乗っている、ただそれだけでその時間を楽しむことができるだろう。でも、そういうものがないからといって、特に見栄えのするものがないからといって、そこに行く価値がないとはならないはずだ。

その時、そこにいなければ出会えなかったもの、その時の自分だからこそ見つけられるものがある、そのために旅立つのだ。中央東線上野原駅のホームの端に立っている駅名標が自ら発光する、夏の夜の輝きの美しさは普段その駅を使っていない僕だから感じられたことだ。同じようなことは、誰にだってあると思う。そういうことの美しさや尊さを伝え、誰かが少しでも家を出る気になり、乗ったことのない、終着駅になにがあるかも知らない列車に乗る気になってくれるのなら、そう思って、書いている。

それは、終着駅の売店で、鉄道むすめのグッズを買ったり、鉄コレを買ったり、写真集を手に入れることよりもずっと小さいことだろう。けれども、僕はそうすることで、どこかの鉄路を廃線に追い込む正しさを傷つけたい。少しでも、大きく、深く。可能ならば、その価値が失われるほどに。