六月の開発局

「業界の人」じゃないよ

働く女の子シリーズについて

はじめに

P.A.WORKSの働く女の子シリーズ最新作、サクラクエストが放送を終了したのでちょっと書く。

先に個人的な感想を明らかにしておこう。残念だった。一方でサクラクエストはなかなか期待していたからだ。だから、なんでぼくは残念だと思ったのか考えようと思った。それは自分が作品を作る時に、同じ轍を踏まないようにするためだ。だから「働く女の子シリーズ」を分析するが、目的は「ぼくの価値観の明確化」である。したがって「働く女の子シリーズ」の解説をしてはいない。誤解しないでほしい。あくまで個人的なものである。こういう見方が正しいとはまったく思っていない。ただ、ぼくの感想としては正しいものを書いたつもりだし、残念なのは楽しく見る切り口を見いだせなかった自分自身であることもよくわかっている。けれども、その自分の本質のところを悔やむより、そこに優しい作品を作ることのほうがぼくにとっては大切だ。もちろん「いや、こういう見方もあるんじゃないかな」というのを教えてくれたら、嬉しい。

売れた作品を分析して取り込もうとするのではなく、気に入らない作品を分析して取り込まないようにするのは変わっているな、と思われるかもしれないが、売れた作品を分析して取り込もうとすると、歪なものになりそうな予感がするだけだ。

一応書くと、何度も書いている通りP.A.WORKSの作品では花咲くいろはが一番好きだ。それから、SHIROBAKOは前半はよかったと思っている。つまり、後半は好きではない。

だーっと勢いに任せて書いたので後で直すかもしれない。

ざっと書き上げる

まず、ちょっと思いついたことを表にしてみた。

花咲くいろは SHIROBAKO サクラクエスト
ホーム/アウェイ アウェイ ホーム アウェイ
ステージ変更 多い ほぼない ほぼない
立ち位置 素人 プロ 素人
周囲からの評価 低評価 高評価 低評価
プライベート空間 ない 自宅 一部屋
就業形態 奴隷労働 雇用形態は不明だが友人よりはマシ 任期付だが安定
逃げ場 序盤、ない 実家 実家
個人の希望 物語の中のような人生 なんとなくアニメ作りたい 普通じゃないことがしたい
個人的な対外関係 こーちゃん ない ない
家族のお悩み 母のこと ねいちゃんのこと ほぼない
職場以外の戦場 学校 ない ない
名目上の責任 お客様へのサービス 作品の完成 一市町村の未来
最大の権力 ストライキ 予算 契約解除
体力勝負 それなり 一番大変 わりとふつう
最後 消滅 継続 半消滅

こうやってみるとわかりやすいと思うが、ぼくはどうやら、選定も含めて、主人公にどれだけ厳しい条件が突きつけられているか、というところを好むらしい。

同じ働く女の子シリーズでもSHIROBAKOのボーナスステージ感が強い。宮森あおいは困難を乗り越えていくが、周囲のサポートが実に手厚く、精神的な負担が比較的少ないのである。ただ、制作進行という立場上体力負担は半端ない。

木春由乃は安全な立ち位置を確保しつつ、困難に立ち向かうことになっている。重いのは、預けられているものの大きさだ。他の2人とは桁が違う。名目上は一行政区域の将来がその細い双肩にかかっているのである。

対して松前緒花の負担は異常である。メインタスクたる喜翠荘の盛り上げ以外に、考えなきゃならないことがいろいろある。そもそも違法な労働環境に身を置いており、「実家に帰る」という逃亡手段を封じられているのである。簡単に言えば、奴隷状態である。持てる権力といえば、ストライキを初めとした職どころか衣食住を賭すものだけである。せめてもの救いは担っている責任が自分がやらかしたところで零細旅館の評判が落ちるだけ、という軽いものであるところだ。

また、こういった主人公が抱える問題について、花咲くいろはが特徴的だったのは、少しずつ解決していったことだ。まず、こーちゃんについて、7話8話で少し進める。つづいて、皐月の問題について、11~13で一歩進める。こういう「進める」時に、緒花個人の内面の成長も確かにある。そして、23話あたりからまた解決していく。緒花だけではなく、縁と貴子の関係なども、複数の話にまたがって少しずつ進めていく。ぼくはこの作品の現実感ある問題の解決プロセスが好きなのだと思う。

考えてみると、木春由乃にはまず解決したい長年の問題がメインの希望以外殆ど無い。そして内面の未熟さや関係上の問題が、凛々子や真希にアウトソーシングされている。菜子や民子にも内面の未熟さや他者との関係上の問題はあったが、それは緒花とは別の話として存在した。前述の通り貴子や縁、それどころかスイにさえ存在するのである。

宮森あおいも似たようなもので、内面の未熟さや他者との関係上の問題はをむしろ解決する調整役である。そして、調整役の一番つらいところ、つまり「どっちの言い分も明らかに正しいけれど自分はどちらかにまとめなければいけない」に向き合うことはほとんどなく、平岡とタローという明確な悪役を仕立ててこれらを排除するかその被害回復によって話をドライブしたり、宮森の熱意で周りの人が言うことをきいてくれる場面が多い。要は根性で押し通してしまうのだ。このへんは後で説明する。

流れ…というか…

また、花咲くいろはでは微熱やプール・オン・ザ・ヒルといった、異質で静かな回があったり、ステージ変更つまり緒花の東京石川移動があることが、作品全体を引き締めていると感じる。こういう回がないと「またこういう話かよ」と感じてしまう。いろいろ変化をつけるが「あ、まあこういうことは普通にあるだろうな」とすんなり受け入れられる範疇だった。

サクラクエストは二話ごとに事件が起きてはい解決、の連続感があった。異様に「新しく誰かが現れて問題解決と共に消滅」という回が多いことがわかる。もちろん、花咲くいろはもお客様は現れるが、基本的に脇役であるか、後にシリーズ全体の伏線であったことがわかる。単発で物語の中心に出てきたのは、サバゲーマー、宮崎のゲストだけである。ところがサクラクエスト、木彫り職人、映画部隊、婚活部隊、UMAハンタ、ロックバンド、大学教授とかなりの人間が突然登場し、概ね2話でその役割を全うし、去っていく。「またこれかよ」と感じてしまった。そして、全然、限界集落一歩手前ではないのである。めっちゃ賑わっている。

SHIROBAKOはどうかというと、敷いた線がめちゃくちゃになるか不愉快な終え方をした印象が強い。まずSHIROBAKOでぼくが一番不愉快に思ったバッティングセンタの回について話しておきたい。この回ではスランプに陥った井口を呑みにでも連れて行くか、と木下が提案すると、それを小笠原が窘める。皆がお酒が好きなわけではないと。これは理解できる。そこで小笠原が何をするかというと自分の趣味であるバッティングセンタに彼女を連れて行くのである。やってること一緒じゃん。そして、この騒動を見ていた宮森が、なかなかチーム内に溶け込めない平岡に何を言うかというと、打ち上げに来るよう言うのである。あれだけ強い言い方をして木下を小笠原に否定させて、普段あの手この手で否定している平岡に対しては木下がやろうとしたことをする、このめちゃくちゃな具合が不愉快だった。

この後も平岡の扱いはひどい。平岡が昔は丁寧に頼んでも誰も言うことをきいてくれなかった、と彼がやさぐれている原因を打ち明ける。ならば、宮森はそういう境遇を体験するなり、新しいやりかたで解決すべきではないか。が、矢野は逃亡する演出にニッコリ笑うだけでコトが済んでしまう。けれども、平岡がみどりに「女はいいよな」と言うことは否定する。ここまで平岡を追い詰めるなら根本的な救済か、宮森や誰かによる彼の心情の理解が彼にあってほしいとぼくはおもう。けれども、呑み会に来い、であり、なんとなく耳障りの良い形で収めてしまう。

この原因には女性キャラに無謬性を確保しようという思惑があったことは感じられる。が、それをする価値よりもあまりに歪な価値観――イジメをみているだけのような気がして不愉快だった。

対立の構図

働く女の子シリーズに限らず、PAの作品でかなり前に出てくるのが、意見の対立である。とくに花咲くいろはtrue tearsには実力行使を伴う闘争が起きており、SHIROBAKO でも興津の介入によって阻止されたがあと一歩のところまで辿り着いている。

さて、花咲くいろはは対立こそが物語の主題である(true tearsも一緒)。つまり、序盤で「自分たちは二の次三の次」と言い切ったスイに対して、緒花がそれはおかしいと反駁し、最終的に落とし所を発見する、というところがお話のうち、内側の部分、ドラマの部分である。そして、いろはには他にもさまざまな対立構造があり、例えば終盤従業員が廃業阻止に向かおうとするとき緒花はこれにも反旗を翻しており、緒花は孤独で困難な戦いを自ら引き寄せる。そしてこれら対立の多くを魅力的にしているのは、一応緒花の側に正義があるように演出してはいるものの、相手の側にも正義を与えているところだ。緒花が修学旅行中に手伝いをしたいと言えば、それは自分たちの問題だが気持ちだけもらっておきたい、というのは、正義である。文化祭でオムライスを出すか出さないかの時明子とクラスメイトが揉めるが、どちらも正義である(文化祭で好きな男の子に思い入れのある料理を出したいという気持ちが正義でないと言うのなら好きにしろ)。

それら正義のどちらかを取るのではなく、なんとか落とし所を見つけようとして、実際に見つけていくのが花咲くいろはの一番好きなところだ。

対してSHIROBAKOは宮森将軍を祀り上げ、宮森は正義の強烈な支援の下敵対する勢力を蹂躙していく。タローや平岡などは作品の中で明らかな悪として定義され、これをいかに宮森やその仲間たちが打ち倒し更生させてめでたしめでたしになるか、というところがお話の外の部分、ストーリィの中心にもなっている。緒花にはつねに落ち度がつきまとっていたのに対し、宮森を始め5人のメインキャラは前述の通り、未熟さは描かれるものの落ち度は滅多に描かれずことさらに無謬性を強調されており、半ば水戸黄門的な勧善懲悪ものになっているが、毎度うっかり八兵衛を陰湿に叩いてお銀のご機嫌をとる水戸黄門である。最近だとプリンセス・プリンシパルもこの傾向があり「おっさんは死んでも構わないが幼女は殺さない」という原則が見えたように思えたので途中で見るのを止めている。別に幼女を殺せという意味ではなくて、こういうイジメを見たくないのだ。

サクラクエストの場合、由乃はこう行った戦いに自ら参戦し勝利することもあれば友人の助けを借りたり、和解を導いたりすることもあり、そして自分の無力さや落ち度に対して極めて素直である。「まだわかりません」とはっきり言う。散々バカ者呼ばわりされているが、かなり人間としてデキているのが由乃である。なんでこんなデキた人間が30社も落ちたのか謎である。真希と早苗から酷評されているが、そうとうデキテている。そして、由乃を始めとしていろんな人間に落ち度があり、それを認めているから、SHIROBAKOに感じたイジメの香りがしなかった。

他にも……

凛々子が内面上のお話を全部持っていってしまったこと、その凛々子があまりに子ども過ぎて好みではなかったことなどまあいろいろあるのだけれど、ちょっと割愛する。

SHIROBAKOサクラクエストの良いところ

ちょっとボロクソ書いてしまったので、SHIROBAKOサクラクエストの良いところを書いておきたい。

SHIROBAKOの何が一番好きかというと、実は夜が好きだ。あれほど夜の時間を魅力的に描いたアニメは珍しいのではないかと思っている。つまり、第一話で小平のあたりを走っていくシーンとか、夜に車を走らせている時の不思議な楽しさがよく描けていると思う。チャッキーの歌を歌いながら運転するところもそうだし、最終話で帰りの新幹線で考えているシーンもそうだ。夜は怪しかったり怖かったり、もしくはロマンチックなイメージと共に描かれるが、そうではないものを描いていて、それはとても素敵に思える。僕は絵を描くのが嫌いなので、描く前はよく7話や8話を見る。それは優しいからだ。

サクラクエストの良いところは、台詞だ。この前も書いたが、とにかくサクラクエストには切れ味の良い台詞がたくさんあった。一度全話見なおして書き出そうと思っているぐらいだ。パッと思い出せるところだと「それは町おこしじゃなくてただの開発です」はよかった。言葉の選び方は気にいらないが、言わんとしているところの明快さ、優しさが良い。ERや攻殻機動隊でも聞いた台詞だが「自分に関係のない家なら燃やしていいの」は額面上のその意味と「町おこし」という行為そのものの破壊性やそこにある暗さを見事に言い表していて見事だったし、そして「だってこの街の人達誰も変わりたいなんて思ってないじゃないですか」は本当に良かったと思う。僕は前も書いた通り、台詞を大事にしたいと思っているから、こういう台詞があったことで、サクラクエストは大切な作品になったのは間違いない。もちろん、SHIROBAKOも大切な作品だ。意外かもしれないが、僕は、自分の嫌いな箇所と好きな箇所をまったく別のものとしてみている。嫌なところは、二度と再生しないだけなので、特に問題はない。

最後に

一番良かったのが花咲くいろはなのに、なんで5年以上もP.A.WORKSのアニメはほぼ欠かさず見ているのか、気になる人がいるかもしれないので、ちょっと書いておこう。あまり言われないことだが、P.A.WORKSのアニメはまず設定がいい。もちろん、ミニ独立国の国王になった女の子、という設定もおもしろいのだけれど、細部の設定が良いのだ。

まず簡単に良いところを言うと汚しだ。なんでもかんでもピッカピカに描くアニメも多いが、P.A.のアニメは人が使い込んでいたり、特にお客に見せるわけではないところの生活感ある汚しが非常に良い。また、物品などの選択がかなり明快で、現実感がある。

こいつの懐にはどれぐらいのお金があって、どんな服が好きなのか、といったことがちゃんと描いてある。だから、些細な行動に現実感が出て来る。花見をしている由乃達のところに会長がツマミを持ってくるとき、そこには彼の財力や人徳や思いやりのすべてが描かれている。SHIROBAKOで迷子になった佐藤が帰ってきた時、弁当をもらえた時の嬉しさ、そういう小さな、でも僕らの人生で大切な喜びが描かれている。そういうことをしっかりやってくる。だから見られる。

そして、設定上の嘘を低減するために無茶なことをやらせない。具体的に言えば、あおいや由乃を高校生にしなかったことだ。絶対的に無茶なヤツらが登場しないとは言わないが(なにせピンク髪の主人公である)、守りたいラインのようなものはちゃんと見えている。

何よりいいのは、終わることだ。P.A.WORKSのアニメは終わる。美しく終わる。この潔さ、美しさは他の殆どのアニメスタジオが持ち合わせていないものだ。大体「次いつやんだろうね」という感じになったり、「え、これかよ」みたいな次を作る。そういうことが、ない。有頂天家族2も良かった。だから、次の作品も見るだろう。