六月の開発局

「業界の人」じゃないよ

ローグワン雑感

エピソード7を劇場で見て「ああ、もうこのシリーズはいいや」と思い、どんなに好評でも劇場ではスルーしていたのだが(他人の映画の評価なんか当てにならないからね)、WOWOWで放送されたのを見た。

エピソード4は別格、5や6が堅実、新三部作だと1が好きな僕だが、5や6に並び立つなかなかの作品で満足した。

何よりよかったのは、全員がベストを尽くしたということだ。ともかく新三部作以後、スターウォーズシリーズは手抜きによって辻褄を合わせて来た。

ヨーダ、フォースなんか使わなくてもアナキンが不満を持っていて心が千々に乱れていることは顔色を伺う幼稚園児でもわかるだろう。ほかのジェダイ評議会の連中も同様である。

オビ=ワン、死ぬだろう、じゃねえよ、フォースの潜在能力が極めて高くパルパティーンの愛弟子なんだからちゃんとトドメをさせ。パルパティーン、なぜ積年の恨みを晴らそうという時にヨーダにとどめを刺そうとしない。呑気なことやってんなよ。そもそもヴェイダーが「生命反応はありません」の一言で自分が作った気の毒なドロイドを見逃したからこのお話が始まっている、と言われればそれまでだが。

そもそもデス・スターの破壊自体が「なんでそんな弱点作ったんだ」と長年の謎というかツッコミどころだったわけだが、それを説明する話なので辻褄合わせには気合が入っている。ターキンもヴェイダーも全力を尽くしたし、K2SOも最後まで戦った。こういうのがみたかったのだ。

その全力を尽くしたヴェイダーだが、強い、怖いと言われて期待していたので、正直拍子抜けだった。殺すのがストームトルーパーと同じモブの雑魚キャラなんだもの。

本当に強さや怖さを出したいのなら、殺される側の反乱軍兵士の強さをちゃんと描き、その人格や人生を描かないとダメだ。例えば、データを送信してやったやったとジンとアンドーがやっているところにヴェイダーが現れて、余韻も感動もなく2人の首を瞬時にはね、その遺体はまるでストームトルーパーが死んだ時のようにあっさりと蹴散らされてしまう、これぐらいやらないとシスの暗黒卿の本当の恐怖は描けない。弱そうな奴らがどれだけ帝国の行進曲とともに斬り殺されても、それは映画の中では「とるに足らない死」でしかない。ヴェイダーがディスクを回収できないのはわかっているのだから。

音楽といえば、相変わらず残念であった。Duel of the Fates以来、素晴らしいスコア、というものがこのシリーズにはない。ローグワンと言えばこの曲だ、といえるメインテーマがない。

お話の上で一番残念だったのは主人公連中が命をかけて戦うべき戦いに見えなかったということだ。ルーク・スカイウォーカーは育ての親を惨殺され、綺麗なお姉ちゃん(妹だけどな!)に呼ばれたから行っちゃった、という「若者だし、パイロット志望だったし、目の前でこんなことになったら、行くよな!」みたいな話があった。特に帝国民がひどい暮らしをしている「描写」もないし、別に反乱なんか起こさなくてものんびりやっていけばいいんじゃね?という感じしかしない。むしろ人間は優遇されているはずである。これがカエル人間やサカナ人間が差別に耐えかねて反乱する、という映画なら、なるほど、となっただろう。最終作戦においても小娘が「実はこうなんです!」と言ったらみんなホイホイ付いて来やがって、ワトーみたいな一筋縄ではいかない連中がいてもいいと思うのだが。

この映画はスターウォーズシリーズの中でももっとも映像が美しいと感じている。ジェダを消し去った爆発や、シールドに跳ねるスターファイターの残骸、そしてなにより物理法則を完全に無視して翻るヴェイダーのケープ、船を見送る彼の無念のレイアウトは最高にカッコよかった(お気づきとは思うが、ヴェイダーは船の外にハッチを背にして立っているので、船からもれる空気は彼のケープを彼の身体に貼り付けるように風にあおられるはずだ)。

ただ、本当、ヴェイダー出てくるたびに思うのは胸元のパネル、あれもうリファインしてやってもいいんじゃないですかね……。おもちゃにしか見えん。まあ、それは帝国軍全般に言えるので。むしろ、キャストも一新して再びあの傑作エピソード4を作って欲しいと思う。タイトルはもちろん「シン・スターウォーズ新劇場版:四」である。

ジンはポンチョが可愛かったので最後までポンチョでいて欲しかったです。

あ、あと「七人の侍」と言われていたのだけれど、どこが七人の侍なんですか……?どちらかというと指輪物語では……。

コミケ宣伝です(そのためのエントリィだ)。このままだとイラスト本はなかったことになります。写真集はあるから来てね。