映画を撮ったり、写真を撮ったり。絵を描いたり、小説を書いたり。コードを書いたり、感想を書いたり。

@TOYOZUMIKouichi

セカンドシーズンの終わり

まえがき

昨日正午に公開した第二十四話第七部分を持って「明石二種第一学校蹴球戦記」の連載を終了した。二ヶ月半と去年より短い期間だったけれども、毎日更新ということで読んでいただいた方は大変だったと思います。ご愛読ありがとうございました。たまにつくいいね!に力をもらって最後まで書き上げることができました。

達成したこと

まず、自分で自分を褒められることについて書いておきたい。

正直10週間毎日3000字はキツかった。普通に勤務していたし、映画のプリヴィズを作り、それから開発(馴染みがないかもしれないが、FILMASSEMBLERの映画作品は撮影前に「開発」という様々な試験や機材や技術の確認を行う。映画製作者にとっては結構一般的な言葉)を始め、受かるかわからないコミケの原稿を書きながら、聲の形リズと青い鳥の感想を書き、ヴァイッド・ハリルホジッチの解任の真相の記事を書いて、その上でさらに小説を書いていた。家はもちろん電車の中でもホテルでもマクドナルドでも書いた。そうして大体25万字書いた。睡眠時間を家で6時間取らないとダメな子なのでてっぺん越えはできないし、本当に大変だった。

それから、一日も原稿を落とさなかった。これも自慢したい。3,000字に達しない日もあったが、それは区切りのいいところでやめたからである。本当にギリギリ、2分前まで書いていた日もあった。でもやりきった。誇りに思っている。

誤字脱字について

とはいえパーフェクトな出来には程遠く、誤字脱字そして描写間違いがかなりあったのは知っている。読んでいただいていた人たちにはお詫びしかない。シリアスなシーンで予期せぬギャグな誤変換が登場したこともあったと思う。そもそも予期せぬギャグの多いふざけた作風なのだが、意図したものと意図しないものの違いがある。

ちょこまか直しても良かったが、やりはじめるとキリがないし上記の状況なのでそんな作業時間はない。したがって放置している。まあ生暖かい目で見ていただければ幸いである。

構成上の問題

それから、書きながら伏線をもっと敷けただろうと思うのは本当に辛かった。いくつかの読めたシーンは先に伏線を敷いたし、大きな流れは先にできていたのでやれたことはやれた。けれども、どうしてもその話を書き始めてから思いつく先の展開があって、複数話を跨ぐ伏線が張れなかった。こういうものは先に書いてから丹念に整理すれば張れるものなので、見切り発車で書き出した、そしてそういう形にせざる得なかった自分が悪い。

いつか、また整理して本を作ったり、あるいは何か素敵な出来事があったらそういうところも整理したいと思っている。ちなみに既にA4で100ページを超えているので、コピィ本を作ったりする予定はない(大体私の知る限り買って読破している人間は二人しかいない)。

ジャスビコと聲の形

四月からの連載を決意し、やりはじめてから思ったのは「Just Because!」と「映画 聲の形」といかに同じ話を作らないか、厳しい戦いになるな、ということである。二つの作品の脚本は大変なハードルになった。方や生っぽい話であり、地味さは華やかな舞台に立つ明石二種では勝負にならない。全然現実感が違うのである。もう片方は障碍者の話でありこれまたこっちが勝負にならない芯の強い作りになっている。

これら二つと自分の描く作品は本質的に違うものであるという自信はあったが、それをしっかりと描いていく必要があった。さらにその上で、書き終えた時に違いに自信を持てる状態にしたかった。そして、書きながらそういう問題に立ち向かうということは、前に戻って修正をかけるということができないということだ。

自分が八年間取り組んで来たお話を信じて、能力を信じて書き続けて、一応「お話として」違いを作り出せたと思っている。もちろん、作品としての実装は全然話にならない。けれども、もし明日の朝「豊住さん、これ金出すからアニメ作ろうよ。でも企画書でちゃんと違いを説明してね」と言われても、抱える恐れは「違いを説明できない」というところにはない。

トラウマと争い

たくさんの要素を詰め込んだお話だし、そもそも作品でしか表現できないから作品にしている。ただちょっと書いておくと、僕がこのお話でやっているのは、青春の物語なのだ。そしてそこには大きな軸が二つある。

1本目の軸は軽い軸で、みんな大好きトラウマ克服のドラマだ。たくさん入れたのでどれか一本お気に召したのがあればいいと思っている。簡単なことだし、説明しやすいし、感動してくれる人も多いからエンタテイナとしてサーヴィスしたつもりだ。

2本目の軸は重い軸で、決して解決されることのない争いのドラマだ。このお話には、たくさんの争いが詰まっている。そしてそこに対して、解決がないことも非常に多い。けれどもそんなに青春は捨てたものじゃないぜ、むしろそういう解決ができないことを受け止める度量を手に入れていく過程こそが青春であり、たまに本当に奇跡的に何か「もしかしたらこうだったんじゃない?」ということが見つかる、そういうものを描きたかった。

僕は作品の参考にかなり押井守監督のお言葉を使っているのだが、そのうちの一つに「憧れの世界を描け」というものがある。一方で僕の中には「憧れの世界なんて嘘っぱちでそれを観てもただ劣等感に苛まれるだけじゃないか」というものがある。その間の危ないバランスを取ることを心がけたつもりだ。

薄氷を踏むような作品になってしまったと自覚しているし、書いていて内容的にも伝わったが、読んでくれた人がなにか価値を見つけてくれたら嬉しいと思っている。

七人の侍ゴジラ

もうこの話は何度もしているのだけれど、僕は作品の理想形は七人の侍をつくることにあたって決められたという方針だと思っている。「カツカレーの上にハンバーグを乗せて卵でとじる」作品だ。なんでも載ってる。豪華なやつだ。そして実際、七人の侍とはそういう映画である。

僕はそういう意味で1954年のゴジラが好きだ。戦争映画であり社会映画であり災害映画であり恋愛映画であり犯罪映画であり科学映画であって、怪獣映画だ。

明石二種の連中には様々な種類の物語を背負ってもらった。もっと背負ってもらいたいし、上にあげたような作品を見たときの満足感を感じてもらいたいので、努力していきたいと思っている。

映像作品として

様々なことをやれた一方で、もう一つ苦しかったのは、そもそもアニメを作りたいという妄想で描いたお話だったということだ。

例えば卒業式の回は、丁寧に仁科が投稿していく様を描きたかった。文章にするとああいう陳腐で短いものになってしまい、上野から築地に至る道の、どうってことない東京の道の豊穣な風情が喪失してしまう。時間が消えてしまうからだ。

それぞれのキャラクタが何を思っているのか、文章で書きたくなかった。ちょっとした表情や仕草から読んでもらい、秘めたる想いを感じて欲しかった。自分がもっと技倆と信用を持っていさえすれば、こういう形で発表しなくて済んだのだと思うときは日に何度もある。

ただ、前半を0-3で終わったとは思っていないし、もうしそうであったとしても、全てを失ったわけではない、というお話を書いた。まだ二話残っている。見せたい形で二十四話を改めて披露し、そして最後の二話に用意した感動の素材をたくさんの人が心の中で料理してくれる日のためにがんばっていきたい。

むすび

今はそういうわけでMANN: SYSTEMの制作が最優先事項となっているが、近いうちに本当に短いけれどまた、3年前の四月のような形で動く彼女たちを見せたいと思って準備している。いつになるか約束はできないが、少し期待してくれたら嬉しいです。

あと、よかったら感想ください。「くそつまんねー」の一言でもいいので。「ここで力尽きて読むのやめた」とかでも大歓迎です。

去年の四月、連載を始めた時はこういう形で続編を公開することになるとは思っていませんでした。前作の二人の偉大な読者によって、この二ヶ月半は生まれました。ありがとうございました。

明日初陣を迎える、サムライブルーの勝利を祈って。